2023.04.30

【コラム】事業承継対策ー後継者にいつ・何を継承するのか?

事業承継対策ー後継者にいつ・何を継承するのか

今回は、事業承継の際に生じる悩みのうちの「いつ、何を、継承するべきなのか?」にスポットをあてて考えてみたいと思います。ご自身の会社の存続可能性を高めるためには、いつ・何を承継させるかが非常に重要です。「事業承継をする」という選択をした経営者のみなさんは「永く会社が存続してほしい」という想いをもっていらっしゃることでしょう。組織体制が強固でトップ人事の入れ替わりが多い大手企業と違い、中小企業における経営者の人望や経営能力は会社全体に多大な影響を与えます。事業承継がスムーズにできなかった場合、社内に混乱がもたらされて業績悪化を招くこともあります。

後継の選択肢は大別すると、親族承継、社内承継、そしてM&Aの三つがあります。親族承継を選んだ際に起こりやすい課題は、後継者であるご子息自身には会社を継ぐ気がないケースや、後を継ぐ意思がある人物はいるものの、その方の素質にやや不安を感じてしまうケースがあります。候補者が複数名がいる場合にだれがもっとも適任なのか迷ってしまうという悩みも起こるようです。身内に跡継ぎの適任者がいない事態で社内承継を選びたいと考えた際に、最大のネックとなるのは借入に対する保証等の理由で親族以外への事業承継はむずかしいという現実です。

帝国データバンクが調査した「全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)」によれば「代表者の就任経緯では、買収や出向を中心にした「M&Aほか」の割合が 20.3%と、調査開始以降で初めて 2 割を超えた」とあります。後継者は必ずしも身内にこだわる必要はないと気づいた経営者が増えているのだと思料します。近年、親族に候補者がいたとしても、自社役員・社員や外部の第三者を候補として検討を重ねてから最終的な後継者を決める方が増えている傾向があるようです。

後継の第一要件

いったいだれを後継者に選べばよいのか非常に悩ましいですが、今回は親族・親子承継を選んだケースで「いつ・何を承継するべきか」を考えてみます。

最初に答えを言ってしまいますと、後継の第一要件とは、事業を推し進めるうえで根本となる「考え方の継承である」ということです。中小企業の場合は、血縁者、とくに親から子へ事業承継するケースが多く見られます。我が子を後継者に選びたいという気持ちはもっともなこと。しかし経営者にふさわしい人間性が見込まれるならばよいのですが、血縁というだけの理由で適正がないのに後を継がせるとしたら、のちに周囲からも反発の声があがることが予想されます。結果、関係者全員が苦しい思いをしてしまうことになりかねません。

株式や土地などのカタチあるものの引継ぎは専門家の手を借りればそれほどむずかしいことではなく、2、3年ほどみておけば手続きが済むことがほとんどです。しかし、カタチのないもの、「何のためにこの会社が存在し、何を大事にしているのか」のような企業の軸ともいうべき考え方・哲学を伝えて無事に経営のバトンを渡すまでには、長ければ10年以上かかることもあります。自社と事業について心から理解できる人物、脈々と受け継がれてきた考え方を大切にしながら実践できる人物こそが、もっとも適した後継者だと言えるのではないでしょうか。

経営の根本

継承すべきは「理念や哲学」であると理解しつつも、いざ現実になると会社資産や会社組織といったカタチあるものにとらわれてしまいがちです。そして、そのことが迷いや悩みを大きくする原因となってしまいます。中小企業経営者とは多面的な能力や現場の知識が求められますが、その苦悩は当事者でなければわかりません。結局のところ問題を複雑にしているのは人の感情、あるいは不安などです。だからこそ、揺らぐことのない経営哲学こそ優先すべきなのです。目に見えにくい経営哲学や経営資源こそ、企業にとってもっとも価値のある財産なのですから。

事業継承する「時」

 続いて、事業継承するタイミングについて考えていきたいと思います。一般的には年齢や経営的な諸条件などによって継承を考えはじめることも多いと聞きます。病気やケガをして自身の体調に不安を感じたことをきっかけに事業継承を考えはじめることも多いようです。後継者育成や会社資産の問題等の計画的準備は当然必要だとして、事業継承にふさわしいタイミングの必要条件が他にもあります。

一点目は、継承することによって後継者がポテンシャルを発揮できるかどうか。自分がこの会社に何ができるのか、何が期待されているのかが明らかで、バリューが発揮できる環境だということがわかっていれば、責任を持って後継者はがんばることができます。ですから、事業承継を進める前に、事業課題や現状の洗い出しを終わらせて引き継ぐ準備を済ませていなければなりません。

もう一点、自分と後継者のことをよく知る後見者や社内の人が賛同しているのかどうか。中小企業のサービス・技術力や取引先・顧客との信頼関係は、社長が一人でつくったものではなく、社員と共につくってきたはず。たとえ時間がかかったとしても、社内からの理解を得られなければ事業承継がうまくいくはずもありません。

社長自身は「いい頃合いだろう」と思っていても、双方をよく知る人から見れば「もっと時間をかけたほうが」「まだ前任者が現場の指揮をとった方がいい」と判断することもあります。とりわけ親子間では、現状を客観的に判断することが難しいものです。哲学の共有と実践がしっかりできているかどうかは、客観性をもって判断するべきです。

後継者が自身に求められていることや経営哲学を深く理解し、役員や社員も賛同してくれたときこそが、承継のベストタイミングなのです。

継承時の大きな課題

 先述の要件が整ったうえで、じつは重要な問題がまだ残っています。それは社長が退任を決めたときには、潔く譲って退かなくてはならないということ。これまで会社を守ってきた経営者・創業者にとって、これはもっとも悩ましい課題かもしれません。

代表権や諸々の責任を譲ったといっても、会社への思い入れは多分にあることでしょう。ゆえに、継承後も会社の状況を確認したり助言や忠告をしたり、ついには現場にも顔を出してしまったりと、継承したといってもカタチばかりだったという事例は少なくありません。しかしそれでは後継者側の実感も責任感も育たず、「問題が起きたら先代がなんとかしてくれるだろう」という甘えが生じます。社員も、トップが2人いてはどちらの意見を聞いたらいいのか迷いますし、新体制になったという気持ちの切り替えがうまくできなくなってしまいます。

事業継承がうまくいく会社の共通点は、先代の潔い引き際にあります。その決心ができないのであれば、まだ継承すべきときではないのでしょう。

否が応でも、先代の存在感は後継者や現場に多大な影響力を与えます。「後はすべて任せる」と腹を決めて、経営権を譲ったあとは後継者を尊重して見守ること、それが円滑な事業承継につながるのです。

さらに言うと、双方がお互いを尊重することが大切です。後継者側もここまで会社を維持成長させてきた先代に対しては敬意を払いながらも頼りすぎることなく、そのノウハウを受け継ぐことに力を注ぐ必要があります。そして先代経営者も、後継者の判断や方針を頭ごなしに否定したり、今まで努力してきた自身の思いばかり優先させたりせず、後継者がもつ長所や新しい可能性を見出すことを大切にしてほしいと思います。

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この記事を監修した人
市ノ澤 翔

市ノ澤 翔

財務コンサルタント 経営者向けセミナー講師 YouTuber

Monolith Partners代表、株式会社リーベルタッド 代表取締役、一般社団法人IAM 代表理事。
公認会計士資格を持ち世界No.1会計ファームPwCの日本法人で従事。
在職中に株式会社リーベルタッドを創業。
その後独立しMonolith Partnersを創業。中小企業経営者の夢目標を実現を財務面からサポート。
経営改善や資金繰り改善を得意としYouTubeをはじめとした各種SNSでの情報発信も積極的に行う。