2025.06.30
【コラム】M&Aの注意点は売り手と買い手で違う!2つの視点からポイントを解説
後継者不在の企業が多い日本社会では、今後、M&A市場は30兆円まで成長すると予測されています。特に、適切に運用すれば、双方の企業にとって大きな成果を得られるでしょう。
しかし、売り手と買い手の交渉次第で、M&Aの結果が異なるケースも少なくありません。
そこで今回は、売り手と買い手の2つの視点から、М&Aのメリット・デメリットや注意すべきポイントについて解説します。
目次
1:M&Aの主な手法は7つ
M&Aは、事業承継のひとつで、その手法は主に7つです。
どの手法にも、承継後の企業文化の違いによる摩擦や統合プロセス(PMI)の手間などの共通点はあります。
しかし、自社に最適な選択をするためにも、各手法の特徴やメリット・デメリットを正確に把握しておきましょう。
1-1:事業譲渡
事業譲渡は、売り手側の全てまたは一部を買い手側が引き継ぐことで、メリット・デメリットは次の通りです。
| メリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.法人格を継続できる | 1.譲り受けたい資産を選択できる |
| 2.自社の事業を選択できる | 2.節税効果がある |
| 3.負債があっても買い手を見つけやすい | 3.負債を継承するリスクが低い |
| 4.株主全員の決議を必要としない | |
| デメリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.譲渡範囲の決断が容易ではない | 1.手間と時間がかかる |
| 2.手続きが複雑になる | 2.資金調達の必要がある |
| 3.譲渡利益が課税対象になる | 3.対価の支払いに消費税がかかる |
| 4.競合避止義務がある | |
特に、自社の不採算部門を切り離して再建を図りたい企業は、事業譲渡を検討すべきでしょう。
1-2:株式譲渡
株式譲渡は、買い手側が売り手側の株式を買い取って経営権を取得するものです。株主の交替のみで企業の資産や組織体制などを維持できるため、最も多くの企業で活用されています。
この株式譲渡のメリット・デメリットは、次の通りです。
| メリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.経営権を存続できる | 1.迅速に実践できる |
| 2.対価を獲得できる | 2.経営権を取得できる |
| 3.売却益が税金対策になる | 3.許認可を継承できる |
| 4.会社法上の手続きを簡単に進められる | |
| デメリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.不採算事業があると譲渡価額が下落する | 1.債務や不要資産を引き継ぐリスクがある |
| 2.負債額が大きいと成立しない | 2.株主が多い場合は交渉が難航する |
| 3.速やかなシナジー効果は期待できない | |
なお、売り手側が株式を発行していない場合は、買い手側が発行します。また、通知・催告できない所在不明株主や名義株があると、手続きが複雑になるため、注意が必要です。
1-3:合併(吸収・新設)
合併には、買い手側が売り手側を吸収する吸収合併と、買い手側が新会社を設立する新設合併とがあります。
合併のメリット・デメリットは、次の通りです。
| メリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.経営者に債務保証がある場合は、経済的・精神的な負担を軽減できる | 1.事業を多角化し自社の弱点を補強できる |
| 2.事業に将来性があれば高値で買収され、売却利益を得られる | 2.副次的に、対象事業分野の優秀な人材を確保できる |
| デメリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.「競合避止義務」により、同一地域内では一定期間は同種の事業で活動できない | 1.市場競争が減少する可能性がある |
| 2.経営の権限が小さくなる | 2.額によっては、独占禁止法に違反する |
| 3.売却益は課税対象となる | 3.吸収合併は人件費が増加する |
吸収合併でシナジー効果を得るには、新設合併よりも双方の企業文化や従業員などに配慮する必要があるでしょう。
1-4:分割(吸収・新設)
分割には、売り手側の事業の一部を買い手側が引き継ぐ吸収分割と、新会社を設立して買い取った事業を引き継ぐ新設分割があります。
分割のメリット・デメリットは次の通りです。
| メリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.主要事業に集中して経営を効率化できる | 1.強化したい部門に特化して継承できる |
| 2.不要な事業を切り離せる | 2.不要部門や簿外債務を引き継ぐ必要がない |
| 3.倒産のリスクを軽減できる | 3.統合作業(PMI)の負荷が少ない |
| 4.株式を対価にすれば資金調達の必要がない | 4.事業単位のため、速やかに意志決定できる |
| デメリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.新設分割では登録免許税なども課税される | 1.手続きが煩雑化する可能性がある |
| 2.適格要件を満たさない場合は、譲渡益が課税対象になる | 2.債務を引く継ぐリスクがある |
| 3.買い手が非上場の場合は株式の現金化が難しい | 3.多額の費用がかかる |
| 4.許認可を継承できない場合がある | |
新設分割は、吸収分割にくらべて事業単位で新会社に切り出しやすいため、従業員の離職リスクを抑えられるでしょう。
1-5:株式交換
株式交換では、親会社が子会社の保有する全ての株式を取得し、完全な支配関係を構築します。
株式交換のメリット・デメリットは、次の通りです。
| メリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.現金を用意する必要がない | 1.株主の3分の2以上が賛同すれば、少数株主を排除できる |
| 2.買い手側のリソースを事業運営に利用できる | 2.買収資金を必要としない |
| 3.柔軟にグループを再編できる | |
| 4.絶対的な支配権を取得できる | |
| デメリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.経営層や従業員の待遇・立場が変わる可能性がある | 1.上場企業は、株価が下落する可能性がある |
| 2.独立性が喪失される | 2.株主の構成が変更となる |
| 3.統合プロセスに手間がかかる | |
一般的に、親会社は、子会社の株主に株式交換の対価として自社株を交付します。
2007年以降は、株式以外の社債や金銭も対価になりますが、債権者の保護手続きが必要となるため、注意が必要です。
1-6:株式移転
株式移転は、特定親会社となる新会社を設立し、売り手側が発行済みの自社株を全て移転させる手法です。その対価として、売り手側には特定親会社の株式が交付されます。
この株式移転のメリット・デメリットは、次の通りです。
| メリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.ある程度の独立性を維持しながら統合できる | 1.グループの経営戦略を最適化しやすい |
| 2.グループの再編でシナジー効果を得られる | 2.連結納税など節税対策になる |
| 3.持株会社の主導で経営を効率化できる | |
| デメリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.子会社としての支配関係ができる | 1.新会社設立の手続きは複雑になる |
| 2.グループ内・経営上の自由度が制限される | 2.既存の株主への調整が必要になる |
| 3.ガバナンスの構造設計が難航する可能性がある | |
株式移転は、既存の子会社の経営統合を目的としますが、株式交換は、新会社を設立するところに違いがあります。
1-7:第三者割当増資
第三者割当増資とは、売り手側が新株を発行し買い手側に割り当てて出資を受ける手法で、一般的に買い手側が経営に参加します。
この第三者割当増資のメリット・デメリットは、次の通りです。
| メリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.運転資金などの資金を調達できる | 1.出資比率を調整して段階的な関係を構築できる |
| 2.完全な売却ではなく段階的に提携できる | 2.自社の戦略に沿って育成・支配できる |
| 3.人材や技術・販売ルートなど経営リソースを獲得できる | 3.ほかの手法より事業提携のリスクが低い |
| デメリット | |
| 売り手側 | 買い手側 |
| 1.既存株主が保有する株の比率が希薄化する | 1.投資で経営が悪化する可能性がある |
| 2.買い手側が筆頭株主になれば経営権を喪失する | 2.持株比率で経営権やシナジー効果が限定される |
| 3.出資者の意向が経営に大きく影響する | 3.売り手側の状況次第で完全買収を求められる可能性がある |
このように、M&Aの7つの手法には、それぞれメリットやデメリットがあります。専門家とも相談しながら、自社に最適な手法を検討しましょう。
2:M&A実施時の売り手側の注意点
M&Aを実施する際、売り手側には主に4つの注意点があります。
2-1:目標を設定する
まず、目標を設定しましょう。買い手側の条件が想定価格と異なることもあり、タイミングも必ずしも希望が叶うとは限りません。
だからこそ、実施後の自社像をイメージし、将来的なビジョンを事前に明確にしておく必要があります。
進捗状況を把握するための事業のKPIや、実現可能な数値目標を設定したうえで、交渉に応じましょう。
2-2:情報管理を徹底する
情報管理の徹底も、重要です。特に上場企業の場合は、インサイダー情報の漏洩で株価が下落し、交渉が決裂するリスクがあります。
友人や親戚はもちろん、社内でも関係者に限定して情報共有を留める必要があります。FAや仲介者に対しても、秘密保持契約の締結が不可欠です。
2-3:経営層や従業員に配慮する
M&Aの実施時は、経営層や従業員にも配慮しましょう。雇用条件や待遇が大きく変われば、働くモチベーションも下がります。
社内の意見がまとまらなければ、交渉もスムーズに進みません。早いうちに社内で話し合いの機会を設けて事前に理解を得ておきましょう。
2-4:専門家に相談する
M&Aでは、買い手側に関する情報に加え、手続き自体に専門的な知識が必要です。特に、買い手側と過去に取引があった場合は、私情で決断を誤るかもしれません。
最適な選択をするためにも、信頼できる専門家に状況を俯瞰してもらって客観的なアドバイスをもらいましょう。
3:M&A実施時の買い手側の注意点
この章では、買い手側の視点でM&A実施時の4つの注意点について説明します。
3-1:目的や条件を明確化する
最初に、目的や条件を明確化しましょう。M&Aは、経営戦略の手段であって目的ではありません。「事業を引き継ぎ、従業員を抱えてまで実現したいことは何か」というビジョンが漠然としていれば、実施後の経営もうまくいかないでしょう。
また、譲れない条件を明らかにしなければ、売り手側に有利な契約をして後悔するかもしれません。交渉前に何を実現したいのか、優先すべき条件は何かをじっくり煮詰めておきましょう。
3-2:対象を慎重に選定する
対象を慎重に選定することも重要です。大きなシナジー効果を得られなければ、M&Aを実施する意味がありません。
売り手側の事業内容や直近の経営状況の把握だけでは、隠れているリスクに気付けない可能性があります。
過去数年を遡った売上・利益等の具体的な数値や市場動向などから、売り手側が最適な対象かどうかを見極めましょう。
3-3:買収監査を怠らない
買収監査(デューデリジェンス)も怠らないようにしましょう。一般的に、買い手側は買収監査を通して、売り手側の提示した企業情報の間違いや虚偽の有無を確認します。
この監査は自社でもできますが、統合後の経営や訴訟問題のリスクにつながる可能性もあるため、信頼できる専門家に依頼したほうが安全です。
3-4:PMIを円滑に進める
最後に、PMI(統合後のプロセス)を円滑に進める必要があります。
M&Aは、目的ではなく手段です。PMIで規模を拡大し自社事業を発展させることこそが、M&Aの真髄といっても過言ではありません。
企業文化や社内規程・価値観の異なる2社間で期待通りのシナジー効果を得るためにも、従業員同士の対立や事業承継後の顧客離れで企業価値を下げないよう注意しましょう。
まとめ
M&Aは、あくまで経営戦略のひとつであって目的ではありません。実際、曖昧な目的や杜撰な買収監査が原因で、失敗するケースも多く見られます。
売り手と買い手のメリット・デメリットや注意点の違いを十分理解し、双方に最適な手法を検討することが重要です。
専門家にも相談し、M&A実施後のPMIを丁寧に進めて自社の存続とさらなる発展を目指しましょう。



